2006年03月27日

親が子に対する愛情こそ全く利害を離れた唯一の情緒である。

どうもこんにちは。

久々の更新ですので、何を書こうか悩んでいました。(´∀`∩)


とりあえず今日は、「親」を題に書いてみることにします。
バイト一時間前ですので、短文になりますが(汗



さて、苦しんだり悩んでいたりしている時に
初めて分かる親という存在のありがたさ。

僕は昔からバカばっかりして困らせてばかりです。

どうでもいいことだったら冗談交じりに怒るのですが、
本当に悪いことをしてしまったら、本気で怒られ叩かれたりもしました。

幼い頃僕は、そんな親を「いなくてもいい」と考えるぐらい嫌っていたことを鮮明に記憶しています。

しかし、今思えばその考えは間違っていたんです。

叱る時には叱りましたが、最後は「自分の子供だから怒るんだ。他人の子供だったら、こんなにも怒らない。」と、さりげなく言っていました。


そんな優しさにも気づかず、僕は自由奔放に生きてました。

生まれてから受けてきた親の多大な恩恵に気づかず、生きてきていました。


僕も今年で18歳になりました。

それでもまだ親の存在を軽視しているところがありました。

世間では社会に出てもおかしくない年ですが、
まだまだ気づかなければならない、勉強しなければいけない物事は多々あると思います。


本当に親の偉大さ、ありがたさ、力強さはすごいと改めて実感しました。



自分に子供ができたら分かるのでしょうか?
親みたいに、本当に子供を愛せるか不安なんです。


・・・それでも分からないのかもしれませんね。
親は、楽に楽に生きてきた僕とは180度違う生活環境で育ったのですから。




皆さんも、親が亡くなってから親孝行したかったと後悔しても遅いです。
母を大切にしてあげて下さい。父を大切にしてあげて下さい。
親子の絆を壊さないで下さい。



恩を知らぬ子をもつ親の苦しみは、マムシの牙にかまれるよりも苦しい。

                        byシェークスピア








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2006年03月19日

いつも自分を磨いておけ。君は世界を見るための窓なのだ。

こんばんは。
久々の記事になりますね^^;

これからも出来るだけ時間を割いてでも書こうと思いますので、
どうか見捨てないでやって下さいな(涙

さて、今日はDさんのリクエストにお応えして「自身の表裏」について書きましょう。

ただ、このような時間帯ですので短い文になりますが
どうぞご理解のほどよろしくお願いいたします(´∀`∩)







つい先日、本屋で占い関係の本を立ち読みしてきました。
別に占いは全般的に信じない性質ですが、
話のネタぐらいにと軽い気持ちで読んでいたんですね。


いやー、強ち否定をすることは出来ませんね・・・
















結構、当てはまるじゃねえか(((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル














といっても一人でしたから、主観的にしか見ることが出来ないので
当てはまるかどうかは断定することは出来ませんが。


もし神様を知っている人が閲覧していたら、
正直な感想をお待ちしています。 (・∀・ ) マッテマツ!

知らない人は、「ああ、こんな人なのかな」と脳内妄想をお楽しみ下さい。


魚座A型

男女問わず、お姫様気質。ついでに台風気質。

「水星座=感情機能に特化」と言われます。
(ちなみに水星座は、蟹座・蠍座・魚座の三つ)
これは、感情的、とかヒステリー、とかいう意味ではなく、
感情を重要視する人、自分及び相手の感情に敏感な人、
というふうな意味だと解釈しています。

そんな感情的にこまやかな水星座で、
もっとも繊細・過敏な気質の持ち主が魚座です。
この「感情的に細やか」な性質と「A型的個性」ですが、
両者の相性は…、一言でいえば、
A型的繊細さと魚座の繊細さが二乗でダブル繊細ということでしょうか。

精神的には脆いほうだと思います。
ただ、彼らは物心付いたときから自分自信の脆さ・繊細さとは付き合っていますので、自分の脆さをそれなりにコントロールしている可能性が高いです。柳に枝折れなしです。

で、彼らは生きぬくテクニックとして、
割と人に頼ること、利用すること、に抵抗を感じないようです。
良い意味で甘え上手です。故に、魚座は末っ子ポジションは上手ですが、
長男・長女ポジションはあまり上手くないです。
人に過剰に頼られると最悪A型的パニックを起こします。
ただ、A型はどちらかというと、
優等生的、長女ポジションが安定する性格なので…。これも矛盾と葛藤がありますな。

ただ、誤解のないように言いますが、魚座にはリーダーシップはあります。それも強烈な。「我の面倒を見るべし!」と、強烈なオーラを発しまして。なんというか「この人を泣かしてはいけない!!」と周りに思わせてしまいます。一言でいえば、お姫様気質です。ある種のカリスマ性です。

【魚A♂の二重人格性について】
魚A♂は二重人格のように言われますが、実は全く違います。
表面や集団の中では、周りに気を使うので自分の主張をしないだけです。

魚A♂は自分が快適に過ごせる場をつくる事を最優先に考えます。
その為に自分を殺して、事なかれ主義に徹し誰にでも優しく接します。
ただ、どんなに苦労してもそれが叶わないとなると魚A♂は、
「もう疲れた。どうでもいい、勝手にすれば。」
と1人で我が道を行くような態度に変わることがありますが・・・。

寂しがりやなりの強がりもあり、
結局魚A♂は心を許した人には本音で向き合い、
そうでない人には気を使って極端に他人行儀な行動をとるので
二重人格と思われがちですが、
それは違うと感じるのはどっちに対しても魚A♂の基本的性質 (優しい、真面目、平和主義等の)は変わらないからです。

ただ、本音で接するか気を使って接するかの違いだけです。
根本的な性格は変わりません。

それと余談ですが、
魚A♂に対してSM的な関係は成り立たないのではないかと思います。
魚A♂は確かに受身でリードされることを心地よく感じますが、
強制されることには激しい拒否・拒絶反応を示します。
Mになれないのは普段、
周りに協調する為に隠してるプライドが顔を出して許さないからです。

【魚A♂の苦手な女性】
まず気の強い女性です。

一見して魚A♂は気の強い女性の意見は尊重したり、
同調したりしていますがこれはただ単に揉め事を起こしたくないから気を使ってるだけです。

内面では好意どころか苦手意識を抱いてます。
魚A♂が一番苦手なのはそういった女性のヒステリックであり、
女性に厳しく怒られたり高圧的な態度には嫌悪感すら感じます。
「そういう女性とは関わりたくない、逃げ出したいのはヤマヤマ」だけど、
社会生活を営む中ではそうもいきません。
だから魚A♂は自分の努力で何とかなるのであれば、
それを回避しようと常に相手を尊重しているふりをします。

しかし、魚A♂はそこに労力を使いすぎて疲れてしまい、
逆に好意を持ってる女性には自分の意思とは裏腹に素っ気無く接したりします。
愛情表現の下手さも手伝って好き避けもしてしまいます。
避けられている、冷たくされているからといって嫌われていると悲観しない方がいいです。
むしろ誰にでも優しく気を使う魚A♂にとって、自分は特別な存在なんだと
理解した方がいいのではないでしょうか。
私はこの裏腹な態度を理解するのが最も大事だと考えてます。

それと、プレイガール的な女性も魚A♂にとっては恋愛対象外です。
自分自身プラトニックな恋愛観を持っているために、
相手にも一途さを求めます。
男に対して社交的な女性には「尻が軽いな」と軽蔑はしても好意を決して抱かないです。


【魚A♂の心のつかみ方】
魚A♂は心を許してない人に対しては全く自分語りをしないし、
自分が興味の無い 話題には「へぇ〜そうなんだ。」
ぐらいの相手に同調する返答しかしないです。

しかし、自分の趣味や好きなモノ、興味のある話題を振られると
うって変わって思いっきり食いついてきます。
かなり饒舌になり、話しているうちに相手に対して一気に親近感を抱きます。

ただし、魚A♂は自分が好きなことを語るときほど話の内容が支離滅裂です。
これは素晴らしいんだ!という思いばかりが先行して話が前に戻ったり、
いきなり先に飛んだりして、
こういう趣味に物凄く興味があるという熱意は 強烈に伝わってくるのですが、話の内容ははっきり言って聞いててよくわからないです。
その辺は我慢してちゃんと聞いてあげてください。

魚A♂は自分とある程度同じ価値観を持った人間に対しては心を開放します。
そういう相手には自分が共感を受けた本、好きな映画などをしきりに
薦めたりしてくるのも特徴です。

魚A♂の基本的スタンスは「自分の考えは自分だけ理解してれば良い」ですが、
気を許した相手には「自分をもっと知って欲しい」に変わります。

魚A♂は何か自分と共通のものを持った人に同性、異性にかかわらず
強く好意を抱く傾向があるのです。(魚A♂は共感、共有、共通を大事にする) それは魚A♂の女性の好みにも反映してるのではないかと思います。

つまり、普通自分に無いものを持った相手に魅かれることが多いですが、
魚A♂は自分が持ってる良さ(優しさ、真面目さ等)に似たものを持ってる女性に
魅かれているように感じます。
まあ、魚A♂に片思いして距離がなかなか縮まらない女性は、意中の魚A♂の 興味のあるモノや趣味を下調べして試してみてください。
仲良くなれますよ。

また悩み事なんかを魚A♂に相談するというのも、
魚A♂との距離をグッと縮めます。
見かけの頼りなさとは逆に頼られることが大好きです。

しかし、調子に乗って魚A♂の内面に持ってるコンプレックスには触れないで下さい。
自分の欠点は痛いほど熟知してるので、改めて他人に指摘されると傷ついて引きます。

【魚A♂の仕事観】
出世には少しは興味は持ちますが出世のためだけにひたすら働いたり、
他人を蹴落とそうとは絶対しないです。というか出来ないです。
自分に甘く、他人にはそれ以上に甘い所がありますから。

集団のトップより周りの調整役・フォローするような立場や、どんなに背伸びしても No.2ぐらいの立場に居心地の良さを感じたりしてるのかもしれないです。

ただ私の主観ですが、魚A♂は出世をひたすら目指す同僚を冷めた目で見て
自分は与えられた仕事をただただ一心不乱に頑張ることに
独自の美学を持ってるような気がします。
その上周りから期待されると無理してでも頑張るところあります。

また、これに関わらず普段ふわふわしている割には魚A♂は
自分独自のポリシーや美学にこだわってる様な気がします。
それと魚A♂は、普段ボケッとしてる割には集団の中の力関係を敏感に計るのには 意外ですが長けてます。

しかしこれを利用して自分が出世しようとは思わず、
自分がストレスなく快適に過ごすことに活用したりします。


【魚A♂の電話やメールに対する価値観】
魚A♂は好意を持っている女性に対して
「自分の事をもっと知って欲しい」、 「相手の事をもっと知りたい」
という強い願望(=好奇心)を抱いています。
それなのに愛情表現が下手な魚A♂は、本心では色んな事を話したいのにも関わらず、 自分の意思とは裏腹に会っていても周囲の目も気にして素っ気無く接してしまいます。
その結果、電話やメールでは驚くほど饒舌になったり、長文になる傾向があります。

普段の素っ気無い態度とのギャップに戸惑うかもしれませんが、
魚A♂特有の心の許し方として受け止めて貰っていいと思います。
ただし、心を許している=恋愛感情と受け止めるのは危険です。

関係も親密になり、周囲の目が届かない二人っきりの時間が多くなるのにつれて、 電話やメールも魚A♂の願望を満たす役割を終えて利用する目的が変化してきます。
返事が無かったり、そっけない内容が届いたとしても
「放置されている」・ 「愛情が薄れている」ということではなく、
電話やメールに頼らなくても
「お互いの価値観を共有出来るまでに親密になった」・
「会っている時間を本音で向き合えるようになった」という段階に
二人の関係が移行しつつあると考えた方がいいと思います。
逆に普段自分から電話もメールしない魚A♂から連絡があった場合には、
何らかのサインを発している可能性もあります。





と、まあこんな感じです。


私は昔から二重人格で、暗い時明るい時の格差が激しいです。
自分でも自覚しているのですが、現在に至っても直りません。

これが俗に言う「鬱状態」なんでしょうかね?^−^;

だから、私が誰かと一緒にいる時に暗くなっているのは
大半がそのせいなので、どうか気持ちを汲んでやって下さい*゚ー゚)


・・・眠たいので、今日のところはこれにてノシ





















posted by 漫画の神様 at 04:45| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月08日

本当に愛しているのだったら黙っているというのは、 たいへん頑固なひとりよがりだ。

どうもこんばんは。
いや〜、ここに来るのも一週間ぶりです^^;
楽しみにしてる人など、まず皆無だと思いますが、
そろそろ更新しないと永久凍結しそうですね・・・

この一週間は、結構ハードスケジュールでしたよ。
バイトはもちろんのこと、僕の生誕18周年記念日もありましたしね。

昨日なんか、入学式のスーツを買いに一路はるやまへと赴いていました。
兄も塾講師のバイトに着ていくスーツを必要としていたため同行。

正直、はるやまや青山などには年齢層の高い人向けのものしか置いてないのかな?という
偏見を持っていましたが、その認識は大間違いでしたよ(´∀`∩)タハハ・・・














結構ナウいです(汗
いや、本当の話。














しかし、素材が良いブランドものの割合が多いので、
値段は一着5〜6万円と値は張りました。


いざというときの為に礼服も買ったので(同じく5〜6万円台。MIYUKIやYAMAMOTO KANCAI、MCMなどの有名ブランドがありました。)


購入後、車の中で母上が














「言っとくけど、出世払いやで。
言うなれば、あんたらに投資したようなもんやねんからJ( 'ー`)し 」




















さすが、鬼軍曹の異名をもつ母上。
まだまだ現役ですね( ´・_・`)














ということで、今日は宇佐美和美さんのリクエストで
「卒業」について書いていきましょう。




卒業ですか。
書くのには、ちょうど良い時期ですね。

かくいう僕も3月1日に奈良県立香芝高等学校を卒業したばかりです。
中学校といい、高校といい、三年間というのは実に短いものですね。
身をもって思い知らされました。


今まで、小中高と三回卒業式をやったことになりますが、
全く記憶に残らない行事でした。


覚えてるといえば、式の終り間際になって泣き出す人が出始めるシーンくらいです。
なぜか卒業式というのは、
「泣く」という行動が無くてはならない伝統のようになっていますね。


正直泣けませんし、
むしろ多くの人と別れてしまう「悲しみ」より
新たなステップを歩むことが出来る「喜び」の方が内心では圧倒的優勢でした。


こんなことを書くと、「おまえは、ニヒリズムか」と言われてしまうでしょうね(汗




そういえば、「卒業」という言葉には学校を去る意味から転じて、何かをやり終えたり足を洗ったりすることを比喩的に「卒業する」という(例:煙草を卒業する)意味もありましたね。

皆さんは、最近何かから「卒業」することができたでしょうか?

もし良ければ、お聞かせ下さい^−^







最後にアメリカのアップルコンピュータ創立者で有名なスティーブ・ジョブス氏
スタンフォード大学卒業祝賀スピーチを書いておきます。

PART 1 BIRTH

 ありがとう。世界有数の最高学府を卒業される皆さんと、
本日こうして晴れの門出に同席でき大変光栄です。
実を言うと私は大学を出たことがないので、
これが今までで最も大学卒業に近い経験ということになります。

本日は皆さんに私自身の人生から得たストーリーを3つ紹介します。それだけです。
どうってことないですよね、たった3つです。最初の話は、点と点を繋ぐというお話です。

私はリード大学を半年で退学しました。
が、本当にやめてしまうまで18ヶ月かそこらはまだ大学に居残って授業を聴講していました。じゃあ、なぜ辞めたんだ?ということになるんですけども、
それは私が生まれる前の話に遡ります。
 
私の生みの母親は若い未婚の院生で、
私のことは生まれたらすぐ養子に出すと決めていました。
育ての親は大卒でなくては、そう彼女は固く思い定めていたので、ある弁護士の夫婦が出産と同時に私を養子として引き取ることで手筈はすべて整っていたんですね。
ところがいざ私がポンと出てしまうと最後のギリギリの土壇場になってやっぱり女の子が欲しいということになってしまった。
で、養子縁組待ちのリストに名前が載っていた今の両親のところに夜も遅い時間に電話が行ったんです。
「予定外の男の赤ちゃんが生まれてしまったんですけど、欲しいですか?」。
彼らは「もちろん」と答えました。
しかし、これは生みの母親も後で知ったことなんですが、二人のうち母親の方は大学なんか一度だって出ていないし父親に至っては高校もロクに出ていないわけです。
そうと知った生みの母親は養子縁組の最終書類にサインを拒みました。
そうして何ヶ月かが経って今の親が将来私を大学に行かせると約束したので、
さすがの母親も態度を和らげた、といういきさつがありました。

 PART 2 COLLEGE DROP-OUT

こうして私の人生はスタートしました。
やがて17年後、私は本当に大学に入るわけなんだけど、
何も考えずにスタンフォード並みに学費の高いカレッジを選んでしまったもんだから労働者階級の親の稼ぎはすべて大学の学費に消えていくんですね。
そうして6ヶ月も過ぎた頃には、私はもうそこに何の価値も見出せなくなっていた。
自分が人生で何がやりたいのか私には全く分からなかったし、
それを見つける手助けをどう大学がしてくれるのかも全く分からない。なのに自分はここにいて、親が生涯かけて貯めた金を残らず使い果たしている。
だから退学を決めた。全てのことはうまく行くと信じてね。
そりゃ当時はかなり怖かったですよ。ただ、今こうして振り返ってみると、
あれは人生最良の決断だったと思えます。
だって退学した瞬間から興味のない必修科目はもう採る必要がないから、
そういうのは止めてしまって、その分もっともっと面白そうなクラスを聴講しにいけるんですからね。

夢物語とは無縁の暮らしでした。
寮に自分の持ち部屋がないから夜は友達の部屋の床に寝泊りさせてもらってたし、
コーラの瓶を店に返すと5セント玉がもらえるんだけど、
あれを貯めて食費に充てたりね。日曜の夜はいつも7マイル(11.2km)歩いて街を抜けると、
ハーレクリシュナ寺院でやっとまともなメシにありつける、これが無茶苦茶旨くてね。
しかし、こうして自分の興味と直感の赴くまま当時身につけたことの多くは、
あとになって値札がつけられないぐらい価値のあるものだって分かってきたんだね。

 ひとつ具体的な話をしてみましょう。

 PART 3 CONNECTING DOTS

リード大学は、当時としてはおそらく国内最高水準のカリグラフィ教育を提供する大学でした。キャンパスのそれこそ至るところ、
ポスター1枚から戸棚のひとつひとつに貼るラベルの1枚1枚まで美しい手書きのカリグラフィ(飾り文字)が施されていました。
私は退学した身。もう普通のクラスには出なくていい。そこでとりあえずカリグラフィのクラスを採って、どうやったらそれができるのか勉強してみることに決めたんです。
セリフをやってサンセリフの書体もやって、
あとは活字の組み合わせに応じて字間を調整する手法を学んだり、
素晴らしいフォントを実現するためには何が必要かを学んだり。
それは美しく、歴史があり、科学では判別できない微妙なアートの要素を持つ世界で、
いざ始めてみると私はすっかり夢中になってしまったんですね。

こういったことは、どれも生きていく上で何ら実践の役に立ちそうのないものばかりです。
だけど、それから10年経って最初のマッキントッシュ・コンピュータを設計する段になって、この時の経験が丸ごと私の中に蘇ってきたんですね。
で、僕たちはその全てをマックの設計に組み込んだ。
そうして完成したのは、美しいフォント機能を備えた世界初のコンピュータでした。
もし私が大学であのコースひとつ寄り道していなかったら、
マックには複数書体も字間調整フォントも入っていなかっただろうし、
ウィンドウズはマックの単なるパクりに過ぎないので、
パソコン全体で見回してもそうした機能を備えたパソコンは地上に1台として存在しなかったことになります。

 もし私がドロップアウト(退学)していなかったら、
 あのカリグラフィのクラスにはドロップイン(寄り道)していなかった。
 そして、パソコンには今あるような素晴らしいフォントが搭載されていなかった。

もちろん大学にいた頃の私には、まだそんな先々のことまで読んで点と点を繋げてみることなんてできませんでしたよ。
だけど10年後振り返ってみると、これほどまたハッキリクッキリ見えることもないわけで、
そこなんだよね。もう一度言います。未来に先回りして点と点を繋げて見ることはできない、君たちにできるのは過去を振り返って繋げることだけなんだ。
だからこそバラバラの点であっても将来それが何らかのかたちで必ず繋がっていくと信じなくてはならない。自分の根性、運命、人生、カルマ…何でもいい、とにかく信じること。
点と点が自分の歩んでいく道の途上のどこかで必ずひとつに繋がっていく、
そう信じることで君たちは確信を持って己の心の赴くまま生きていくことができる。
結果、人と違う道を行くことになってもそれは同じ。
信じることで全てのことは、間違いなく変わるんです。
 
PART 4 FIRED FROM APPLE

2番目の話は、愛と敗北にまつわるお話です。
私は幸運でした。自分が何をしたいのか、人生の早い段階で見つけることができた。
実家のガレージでウォズとアップルを始めたのは、私が二十歳の時でした。
がむしゃらに働いて10年後、アップルはガレージの我々たった二人の会社から従業員4千人以上の20億ドル企業になりました。そうして自分たちが出しうる最高の作品、マッキントッシュを発表してたった1年後、30回目の誕生日を迎えたその矢先に私は会社をクビになったんです。
自分が始めた会社だろ?どうしたらクビになるんだ?と思われるかもしれませんが、
要するにこういうことです。
アップルが大きくなったので私の右腕として会社を動かせる非常に有能な人間を雇った。
そして最初の1年かそこらはうまく行った。
けど互いの将来ビジョンにやがて亀裂が生じ始め、最後は物別れに終わってしまった。
いざ決裂する段階になって取締役会議が彼に味方したので、齢30にして会社を追い出されたと、そういうことです。しかも私が会社を放逐されたことは当時大分騒がれたので、世の中の誰もが知っていた。
自分が社会人生命の全てをかけて打ち込んできたものが消えたんですから、
私はもうズタズタでした。数ヶ月はどうしたらいいのか本当に分からなかった。
自分のせいで前の世代から受け継いだ起業家たちの業績が地に落ちた、
自分は自分に渡されたバトンを落としてしまったんだ、そう感じました。
このように最悪のかたちで全てを台無しにしてしまったことを詫びようと、
デイヴィッド・パッカードとボブ・ノイスにも会いました。
知る人ぞ知る著名な落伍者となったことで一時はシリコンヴァレーを離れることも考えたほどです。
ところが、そうこうしているうちに少しずつ私の中で何かが見え始めてきたんです。
私はまだ自分のやった仕事が好きでした。
アップルでのイザコザはその気持ちをいささかも変えなかった。振られても、
まだ好きなんですね。だからもう一度、一から出直してみることに決めたんです。

その時は分からなかったのですが、やがてアップルをクビになったことは自分の人生最良の出来事だったのだ、ということが分かってきました。
成功者であることの重み、それがビギナーであることの軽さに代わった。
そして、あらゆる物事に対して前ほど自信も持てなくなった代わりに、自由になれたことで私はまた一つ、自分の人生で最もクリエイティブな時代の絶頂期に足を踏み出すことができたんですね。
それに続く5年のうちに私はNeXTという会社を始め、ピクサーという会社を作り、
素晴らしい女性と恋に落ち、彼女は私の妻になりました。
ピクサーはやがてコンピュータ・アニメーションによる世界初の映画「トイ・ストーリー」を創り、今では世界で最も成功しているアニメーション・スタジオです。

思いがけない方向に物事が運び、NeXTはアップルが買収し、私はアップルに復帰。NeXTで開発した技術は現在アップルが進める企業再生努力の中心にあります。
ロレーヌと私は一緒に素晴らしい家庭を築いてきました。

アップルをクビになっていなかったらこうした事は何ひとつ起こらなかった、
私にはそう断言できます。そりゃひどい味の薬でしたよ。
でも患者にはそれが必要なんだろうね。
人生には時としてレンガで頭をぶん殴られるようなひどいことも起こるものなのです。
だけど、信念を放り投げちゃいけない。
私が挫けずにやってこれたのはただ一つ、自分のやっている仕事が好きだという、
その気持ちがあったからです。皆さんも自分がやって好きなことを見つけなきゃいけない。
それは仕事も恋愛も根本は同じで、君たちもこれから仕事が人生の大きなパートを占めていくだろうけど自分が本当に心の底から満足を得たいなら進む道はただ一つ、自分が素晴しいと信じる仕事をやる、それしかない。
そして素晴らしい仕事をしたいと思うなら進むべき道はただ一つ、好きなことを仕事にすることなんですね。
まだ見つかってないなら探し続ければいい。落ち着いてしまっちゃ駄目です。
心の問題と一緒でそういうのは見つかるとすぐピンとくるものだし、
素晴らしい恋愛と同じで年を重ねるごとにどんどんどんどん良くなっていく。
だから探し続けること。落ち着いてしまってはいけない。

 PART 5 ABOUT DEATH

3つ目は、死に関するお話です。
私は17の時、こんなような言葉をどこかで読みました。確かこうです。
「来る日も来る日もこれが人生最後の日と思って生きるとしよう。
そうすればいずれ必ず、間違いなくその通りになる日がくるだろう」。
それは私にとって強烈な印象を与える言葉でした。
そしてそれから現在に至るまで33年間、私は毎朝鏡を見て自分にこう問い掛けるのを日課としてきました。
「もし今日が自分の人生最後の日だとしたら、今日やる予定のことを私は本当にやりたいだろうか?」。それに対する答えが“NO”の日が幾日も続くと、そろそろ何かを変える必要があるなと、そう悟るわけです。
自分が死と隣り合わせにあることを忘れずに思うこと。
これは私がこれまで人生を左右する重大な選択を迫られた時には常に、
決断を下す最も大きな手掛かりとなってくれました。
何故なら、ありとあらゆる物事はほとんど全て…外部からの期待の全て、
己のプライドの全て、屈辱や挫折に対する恐怖の全て…こういったものは我々が死んだ瞬間に全て、きれいサッパリ消え去っていく以外ないものだからです。
そして後に残されるのは本当に大事なことだけ。自分もいつかは死ぬ。
そのことを思い起こせば自分が何か失ってしまうんじゃないかという思考の落とし穴は回避できるし、これは私の知る限り最善の防御策です。
 君たちはもう素っ裸なんです。自分の心の赴くまま生きてならない理由など、何一つない。

PART 6 DIAGNOSED WITH CANCER

今から1年ほど前、私は癌と診断されました。
朝の7時半にスキャンを受けたところ、私のすい臓にクッキリと腫瘍が映っていたんですね。私はその時まで、すい臓が何かも知らなかった。
医師たちは私に言いました。これは治療不能な癌の種別である、ほぼ断定していいと。
生きて3ヶ月から6ヶ月、それ以上の寿命は望めないだろう、と。
主治医は家に帰って仕事を片付けるよう、私に助言しました。
これは医師の世界では「死に支度をしろ」という意味のコード(符牒)です。
それはつまり、子どもたちに今後10年の間に言っておきたいことがあるのなら思いつく限り全て、なんとか今のうちに伝えておけ、ということです。
たった数ヶ月でね。
それはつまり自分の家族がなるべく楽な気持ちで対処できるよう万事しっかりケリをつけろ、ということです。それはつまり、さよならを告げる、ということです。

私はその診断結果を丸1日抱えて過ごしました。
そしてその日の夕方遅く、バイオプシー(生検)を受け、
喉から内視鏡を突っ込んで中を診てもらったんですね。
内視鏡は胃を通って腸内に入り、そこから医師たちはすい臓に針で穴を開け腫瘍の細胞を幾つか採取しました。私は鎮静剤を服用していたのでよく分からなかったんですが、
その場に立ち会った妻から後で聞いた話によると、顕微鏡を覗いた医師が私の細胞を見た途端、急に泣き出したんだそうです。
何故ならそれは、すい臓癌としては極めて稀な形状の腫瘍で、手術で直せる、
そう分かったからなんです。こうして私は手術を受け、ありがたいことに今も元気です。

これは私がこれまで生きてきた中で最も、死に際に近づいた経験ということになります。
この先何十年かは、これ以上近い経験はないものと願いたいですけどね。

以前の私にとって死は、意識すると役に立つことは立つんだけど純粋に頭の中の概念に過ぎませんでした。でも、あれを経験した今だから前より多少は確信を持って君たちに言えることなんだが、誰も死にたい人なんていないんだよね。
天国に行きたいと願う人ですら、まさかそこに行くために死にたいとは思わない。
にも関わらず死は我々みんなが共有する終着点なんだ。
かつてそこから逃れられた人は誰一人としていない。
そしてそれは、そうあるべきことだから、そういうことになっているんですよ。
何故と言うなら、死はおそらく生が生んだ唯一無比の、最高の発明品だからです。
それは生のチェンジエージェント、要するに古きものを一掃して新しきものに道筋を作っていく働きのあるものなんです。
今この瞬間、新しきものと言ったらそれは他ならぬ君たちのことだ。
しかしいつか遠くない将来、その君たちもだんだん古きものになっていって一掃される日が来る。とてもドラマチックな言い草で済まんけど、でもそれが紛れもない真実なんです。
 君たちの時間は限られている。
だから自分以外の他の誰かの人生を生きて無駄にする暇なんかない。
ドグマという罠に、絡め取られてはいけない。
それは他の人たちの考え方が生んだ結果とともに生きていくということだからね。
その他大勢の意見の雑音に自分の内なる声、心、直感を掻き消されないことです。
自分の内なる声、心、直感というのは、どうしたわけか君が本当になりたいことが何か、
もうとっくの昔に知っているんだ。だからそれ以外のことは全て、二の次でいい。

 PART 7 STAY HUNGRY, STAY FOOLISH

私が若い頃、"The Whole Earth Catalogue(全地球カタログ)"というとんでもない出版物があって、同世代の間ではバイブルの一つになっていました。
それはスチュアート・ブランドという男がここからそう遠くないメンローパークで製作したもので、彼の詩的なタッチが誌面を実に生き生きしたものに仕上げていました。
時代は60年代後半。パソコンやデスクトップ印刷がまだ普及する前の話ですから、
媒体は全てタイプライターとはさみ、ポラロイドカメラで作っていた。
だけど、それはまるでグーグルが出る35年前の時代に遡って出されたグーグルのペーパーバック版とも言うべきもので、理想に輝き、使えるツールと偉大な概念がそれこそページの端から溢れ返っている、そんな印刷物でした。
スチュアートと彼のチームはこの”The Whole Earth Catalogue”の発行を何度か重ね、
コースを一通り走り切ってしまうと最終号を出した。
それが70年代半ば。私はちょうど今の君たちと同じ年頃でした。
最終号の背表紙には、まだ朝早い田舎道の写真が1枚ありました。
君が冒険の好きなタイプならヒッチハイクの途上で一度は出会う、そんな田舎道の写真です。写真の下にはこんな言葉が書かれていました。

「Stay hungry, stay foolish.(ハングリーであれ。馬鹿であれ)」。

それが断筆する彼らが最後に残した、お別れのメッセージでした。
「Stay hungry, stay foolish.」 それからというもの私は常に自分自身そうありたいと願い続けてきた。
そして今、卒業して新たな人生に踏み出す君たちに、それを願って止みません。

Stay hungry, stay foolish.

ご清聴ありがとうございました。





















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2006年03月05日

更新が遅れて申し訳ない(汗

今日バイトから帰宅したら書こうと思いますので、どうぞお楽しみに^−^

今回は約束どおり「卒業」についていきます。
posted by 漫画の神様 at 15:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月28日

成功は「大胆不敵」の子供である

こんばんは。
さっきバイトから帰ってきて、晩御飯を食べ終わったところです。

さて、きょうは柚祢さんのリクエストにお答えして、
「好きな季節、嫌いな季節」について書きたいと思います。

その前に季節について、すこし勉強しておきましょう。
いやぁ、日本語とは本当に素晴らしいものですね。
ここまで豊かな語彙がある言語は、世界でも数える程だと思います。

陰暦では、四季をもたらす太陽の1年間の動きを二十四等分に分けて「二十四節気」としました。

春 (2月4日〜5月4日) … 立春・雨水・啓蟄・春分・清明・穀雨
夏 (5月5日〜8月6日) … 立夏・小満・芒種・夏至・小暑・大暑
秋 (8月7日〜11月6日) … 立秋・処暑・白露・秋分・甘露・霜降
冬 (11月7日〜2月3日) … 立冬・小雪・大雪・冬至・小寒・大寒


また、生活上の特別な季節を示すものを「雑節」と言い、
節分・彼岸・八十八夜・入梅・半夏生・土用・二百十日等があるようです。

この他にも、季節の替わり目に食物を神に供え、
災難を避けるという風習に「五節句」があります。


人日(じんじつ)の節句、または七草の節句 (1月7日)
上巳(じょうし)の節句、または桃の節句 (3月3日)
端午(たんご)の節句 (5月5日)
七夕(しちせき)の節句 または、たなばた (7月7日)
重陽(ちょうよう)の節句 (9月9日)
の五つですね。


それぞれの月にも意味が込められています。


1月(睦月)・・・知っての通り年の改まる月です。
正月になると一家が和やかに睦まじく楽しい
日を送るということからいわれはじめました。

2月(如月)・・・暖かさに一度脱いだ着物を、寒の戻りで
さらに着直すため「着更衣」とよんだのが始まりとされています。
「生更ぎ」の意で草木が生えてくる月だという説も。

3月(弥生)・・・弥生(いやおい)が転化したもので、いよいよ生い茂ること、
つまり草木が勢いよく成長し始める月という意味です。

4月(卯月)・・・卯の花が咲く「卯の花月」から転じたという説。
また、稲の苗を植える「植月」、あるいは種が芽を出す「産み月」が転じたという説があります。

5月(皐月)・・・苗代から早苗を取って田に移し植える時期なので
早苗月と言っていたのが、詰まって「さつき」になったという説。
また、同じ「さなえ」でも「小苗」と書き、小苗を
取る月、つまり「さなえつき」を略して「さつき」としたという説の二つがあります。

6月(水無月)・・・田の一番草や二番草を取り終わって、
まずまず稲作の大切な仕事をし尽くした、
つまり「皆し尽くした月」が詰まって「みなつき」。
また、旧暦の6月は梅雨が明けて水が少ないからという二つの説が有力です。

7月(文月)・・・稲の穂が脹らむ季節だから「穂ふくらむ月」。
穂がよく見えるようになるから「穂見月」。
牽牛・織女に詩歌の文を供え祭る七夕の行事にちなんで「文月」という説。
中国の7月7日に書物の虫干しをする習慣が日本に伝わり「文書ひらく月」という説もあります。

8月(葉月)・・・木々の葉がそろそろ散り落ちる頃なので「葉落月」、
これを略して「はつき」となったという説。
秋を知らせる雁が初めて渡ってくる月、
つまり「初来(はつき)月」だという説の二つがあります。

9月(長月)・・・『拾遺和歌集』の問答歌によると、
秋も次第に深まり、夜の時間が長くなってくると恋する
人は朝が来るのが待ち遠しく、
夜が長く感じられるから「夜が長い月」となったとしています。
また、賀茂真淵という人物は「稲苅月(いながりづき)」の
上下を略して「なが月」となったと説明しています。

10月(神無月)・・・日本全国の神様が、
政治などの話し合いに毎年10月に出雲国に集まるため、
神様が留守になるから「神無月」となった説が有力。
したがって、出雲国(現在の島根県)だけは「神在月」と呼びます。
又、雷の鳴らない「雷無し月」、
その年に収穫した新しい米で酒を醸し造る「醸成月」とする説もあります。

11月(霜月)・・・霜月の語源は『奥義抄』の中に「十一月(しも
つき)、霜しきりにふるゆえに、霜降月というを誤れり」
とあるように霜降月の変化したものだとするのが定説になっています。

12月(師走)・・・12月を師走とした一番古い文献は『日本書紀』
の桓武天皇紀で「十有二月」と書いて「しわす」と読ませています。
語源については『奥義抄』によると、十二月は僧を迎えてお経を読ませるので、
僧が東西に忙しく走り回ることから「師走り月」。
また『類聚名物考』によると、春夏秋冬四季のお終い、
つまり「四季果つる月」からきているとしているらしいです。


ふぅ、疲れました・・・(´∀`∩)結構量が多かった。

ここからは、春夏秋冬と僕の好みについて簡潔に書いていこうと思います。
そしてそれぞれの文章の終わりに、
その季節が題材で僕のお奨めの映画をオマケに付けておきます。


[春]・・・順位付けすると、二位です。
春は出会いと別れの季節,と言いますが、皆さんはどちらの印象が強いでしょうか?
ちなみに僕は別れかな。


入学式や卒業式などの年度始めがこの季節に集中しているので、
「出会いと別れの交差点」とよばれているようですね。
しかし、これは日本や周辺国に限られているということを知っていたでしょうか。
アメリカ・ヨーロッパなどでは、九月が年度始めになっているので、
あちらでは、出会いと別れの季節は秋ということになります。(゚◇゚)

春にちなんだお奨め映画・・・「青い春」「春の居場所」かな?結構出てきませんね(汗

[夏]・・・文句なしの一位です。
映画や小説で一番用いられる季節が、じつは夏なんですよ。
「ひと夏の思い出」とよく言われるように、人はみな夏にはまた違った思い入れがあるようです。
本当に、夏ほど濃密な季節はありません。
なにしろ、「夏は好きですか」と問うだけで、それが明確な詩情ですらあるのですから。
数多の詩人と歌手が、どれほど夏について説明してきたことか。

夏にちなんだお奨め映画・・・「解夏」「菊次郎の夏」「僕らの七日間戦争」です。ほかにもたくさんありますが、その中でも選りすぐられたものを挙げてみました。

[秋]・・・春と接線でしたが、僅差で三位
秋といえば「天高く馬肥ゆる秋」という言葉が有名ですね。
この時期、山は大人っぽいお洒落な色に染まりますね。 物みなロマンチックに染まる日本の秋。 身近な自然の中に、季節の移ろいを見ることが出来るので結構好きです。
吹き付ける寒風と枯葉のもたらす寂寥感が妙に気持ちに合いますし。

秋にちなんだお奨め映画・・・「Dolls」です。北野武監督の映画は、本当に名作揃いです。

[冬]・・・不動の四位です。苦手です。
この時期は、殆どひきこもってますね。「冬将軍」も去りましたがまだまだ寒いです。

でも寒いからこそ、温もりが嬉しい。あたたかさが嬉しい。
そう感じられるから冬は好きなんです。決して嫌いなんかじゃありません。

冬にちなんだお奨め映画・・・「該当作無し」でした・・・




さて、生まれ月と好きな季節の関係があるという仮説について皆さんはどうお考えですか?
これは僕から皆さんへの宿題なので、ちゃんと考えて下さいね。


では、今日はこの辺でノシ










posted by 漫画の神様 at 02:46| Comment(10) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月27日

不幸は知性を呼び覚ます

こんばんは。
書くのは二日ぶりかな?


今日は、皆さんにお願いがあって書き込みさせていただきました。


それは・・・














皆さんが僕に「こんなことをテーマにしてほしい、自分はこんなジャンルが好きなんだけど書いてくれないかな」と考えていることを教えて欲しいんです。
(´∀`∩)アニメとか哲学的なものとか簡単な質問でも大歓迎
(「〜についてどう思いますか?」、「AとBのどちらが好きですか?」などでもオッケーです)














コメントの早いものから取り組んでいきたいと考えています。

スルーせずに必ず取り上げるので、皆さんのコメント楽しみにお待ちしております(涙













      ★
      |
     γ ⌒ヽ     / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
    i ・∀・i  < 愛、忘れてませんか?
    i ⊃★ i)    \_______
    ゝ   〈
    (__)_)
posted by 漫画の神様 at 02:34| Comment(7) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月24日

成長していないなら、死にかけているんだ。

こんばんは。
「ひぐらしのなく頃に〜皆殺し編〜」というパソゲーをやり終えて、
やっと書く気になれました。


今日は何を書こう・・・と無意識のうちに左手を見ているうちに思いつきました。
今回は「左利きと右利き」について書いていこうと考えます。


実を言うと、僕は生粋の左利きなんですよ。

家族では母も同じ左利きです。


しかし、母の時代には「左利きはみっともない」という考えが
世間一般に根付いていたので、幼い頃に矯正を受けたらしいです。

現在では、そのような風潮もあまり見かけなくなり
母も自分と同じような目に遭わせたくないと判断してくれたおかげで、
17年間を左で過ごすことが出来ました。














さて、右利きの皆さんは左利きについてどういうイメージをお持ちですか?
「左利きは右脳が発達している(天才の人が多い)らしいから羨ましい」
「感性があるひとばっかり」など、
よくテレビで取り上げられるものが多いと思います。


しかし、正直言って「左利き右脳型」「感」→「覚派」「感性の人」「雰囲気で行動」などといったパターン化には食傷気味です。
実際、信憑性のはっきりしない考えだと思います。


例えば道具や利き手矯正などで苦労した左利きの人が、
ちょっと「左利きも悪くないよね」と元気になってもらえる程度なら良いのですが、
「私は左利きだから人とは違うのだ」「特別な才能があるのだ」的な
幼稚な自意識が他人との間に壁を作ることに使われたり、
利き手によって社会的な適性を機械的に振り分けるような(「あなたは左利きだから右脳的なもの以外に向いていない」と決めつけるような、
また自分で思い込むような)、つまり自分の可能性を自ら制限してしまうような風潮が起こるとしたら、そんなものは不要だと思います。


それにしても日本だけでなく、外国でも左利きに対して色々な偏見を持っているそうです。
 

例えば・・・

・右のまぶたがひきつるといいことがある。左だと嫌なことがある。(ギリシャ)
・右の手のひらがかゆいとお金が入ってくる。左だと無くす。(スコットランド、他)等。


とにかく良いことは右、悪いことは左。
インドでは右手で御飯を食べて左手でトイレの後の尻を拭く。
タロットカードで神様は右手に剣を持ち、悪魔は左手に剣を持つ。

言語でもその様子が見て取れます。

ご存じのように「左」には悪いイメージがある。なぜかどこの言葉もそうらしい。
不器用な、不吉な、卑劣な、といった感じ。
英語では、left-handed wife で愛人、〜business でいかがわしい商売。
フランス語はgauche で歪んだ、ぶざまな。スペイン語は zurdo で、no ser zurdo と言うと非常に賢いと言う意味だが、直訳すると「左利きではない」になるそうだ。



これは、ほんの一部分なので挙げていけばきりがありません。

以上を踏まえて考えるに、昔は左利きが歓迎されなかったことが分かりますね。




ちょうどこういう場を設けることが出来たので、ひとつゲームをやってみたいと思います。
そのゲームとは「腕組み・指組みであなたの利き脳・利き腕を確かめてみる」という内容のものです。


利き腕と利き脳の関係はまだ完全には分かっていないようなのですが、
利き腕の判断にもよく使われる
「腕組み・指組み」(自然に組んだときにどちらの手が上になるか)から
利き脳を判断しようという研究をしている人がいて、テレビで紹介されていました。


とりあえず表にしたので、これを参考に試してみてください。



右指が上で、右腕が上→論理的に理解し、論理的に表現

左指上が上で、左腕が上→直感的に理解し、直感的に表現

右指上が上で、左腕が上→論理的に理解し 直感的に表現

左指が上で、右腕が上→直感的に理解し、論理的に表現



利き腕と利き脳は必ずしも一致しないそうですが、
確かに左利きでも右腕や右指が上になる人はけっこういます。
逆に右利きの人の中にも、左腕・左指が上になる人がいます。
あまり「左利き=右脳利き」と決めつけない方がいいんでしょう。

でも、この腕組み・指組みは、ひとつの説として参考程度にとどめておいた方がいいでしょう。あまり決めつけるのは良くない気がします。
○洋電機みたいに企業の人事にまで使うのは、ちょっとどうかと思うんですが。



最後に関連本の紹介をして終わろうと思います。


左利きエッセイ本「左ききのたみやさん。」という本が去年の12/19に発売されました。

左利きが日常生活で感じるちょっとした不便なことなど、
左利きならかなり共感できそうなあるあるネタ、「左利きは寿命が短い?」
「サルに左利きは多いか?」などの利き手にまつわる噂を考えてみるコーナー、
左利きグッズを試してみたり右手だけ生活をしてみたりの体験コーナーなど、
左利きの人が自分について、また右利きの人が左利きの人について改めて考えてみるいいキッカケになりそうな本です。
いま手に入る、左利きについて扱った本には学術的なものが数冊ありますが、
生活者の目線でマンガ仕立てで、というつくりの本は今まで出ていなかったかもしれません。左利きの人の生活については右利きの人に考えてほしいこともけっこうあるわけですが、
お堅い「××学」的な本を友達に「これ、ちょっと読んでみて」と言えなかった人も、この本なら気軽に手渡せそうな気がしますね。





では、今日はこの辺でノシ









posted by 漫画の神様 at 04:35| Comment(9) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月21日

上り坂と下り坂は、一つの同じ坂である。

こんばんは。
今日は珍しくいつもより早く書こうと思います。

昨日兄に教えてもらった「日本歴史占い」というものがあるんですが、
じつにこれが当たるんです。


ちなみにこれが僕の結果でした。



あなたは・・・














織田信長です














モキモキ















[旧を破壊し新を構築する変革者]
 変革者たる理由はふたつ。第一は、不要不急のものを切って捨てられる合理主義者であること。第二に、新奇なものに対する情報収集能力の高さ。あなたがリーダーになったとき、周囲の緊張は並大抵ではありません。反面、命令・指示を受ける人間たちは、能力以上の力を出さざるを得ず、自ら成長する結果を導きます。秀吉のような有能者が発掘されるのも理解できます。何事かを変えていこうとすれば敵も増えるので、覚悟してください。

[頭脳・知性]
要点をつかむ能力と、情報収集力に優れ、なおかつ不要不急のものは切り捨てるという大胆さをあわせ持つ。段取りも完璧で、自他ともに認める「できるヤツ」。

[センス]
とにかく新しいモノ好き。最先端という言葉に弱い。先見の明を発揮して新機軸を打ち出すアイディアマンだが、反面、新しいものなら何でもいいのか_という批判も受けがち。

[感情]
スマートで洗練された自分でありたい、そう見られたいという気持ちが虚栄心にまで高まっていて、そこを見透かされるとドンと落ち込む。プライドが高いだけに傷つきやすいタイプ。

[外見・言葉]クールに振る舞う自分が好き。特に初対面の相手に対しては、最高の自分を見せようと神経を使う。ただし、仲間内では自己中心的であることがバレバレ。知らぬは本人ばかりなり。

[行動]
結論ありきで待つのが苦手。機先を制して成果をあげることもあるが、裏付けが甘く、あとからフォローする人間が苦労させられる。飽きっぽいために挫折することも多い。


皆さんも良かったらどうぞお試し下さい。(∩゚д゚)コリャスゲエヤ・・・


今日は柚祢さんのリクエストにお答えして「山と海どちらが好きか」という
テーマでいきます。


まさにシンプル イズ ベスト。
こういう質問も大歓迎です(´∀`∩)イイヨイイヨー


「山と海どっちが好き?」
一回はこういう質問されますよね。

回答を先に書いておきますが、僕は「山派」です。
たいした理由はありませんが、山に行くと気持ちが落ち着きますね。
それに蝉の鳴き声を聞くととても癒されます´∀`ノ


山にも海にも多くの忘れられない思い出が
あるので取捨選択するのは難しかったです(汗



僕だけの回答だと盛り上がらないので、同じ質問を何人かに聞いてみました。
結果は・・・














窓から望むパノラマ、ヨットで走る海原、砂浜でのバーベキュー、雄大なサンセット・・・潮風と波を感じる海が良い!!・・・55%


山菜摘み、川遊び、山々の紅葉、満天の星空・・・四季折々の楽しみを満喫できる山が良い!!・・・45%


理由も一緒に聞きました。

[海]
・海は見ているだけで気持ちいいから 
・波の音が好きだから
・海の幸が好きだから 
・泳ぐのが好きだから 
・マリンスポーツを楽しめるから  
・夏しか行けないから 
・日焼けしたいから 
・魚釣りができるから  
・なんとなく  
・水着が着たいから


[山]
・空気がおいしいから
・涼しいから
・景色がきれいだから
・花や植物などがきれいだから 
・山登り・山歩き(ハイキング)が好きだから 
・キャンプなどのアウトドアが好きだから 
・山の鳥や小動物が好きだから 
・山の幸が好きだから
・なんとなく 
・近いから





協力してくれたひとありがとう(  ̄ー ̄)


結果は、海派に軍配があがりました。
皆さんもどちらが好きか、なぜ好きなのかをコメントしていただければ幸いです。


それでは、またノシ


























posted by 漫画の神様 at 22:59| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月19日

女の推量は、男の確実さよりはるかに正確である

どうもこんばんは。
ホームセンターで机を買って悦に浸っていた漫画の神様です。

ところで皆さんは、このブログの記事内容はもちろんですが
記事タイトルの方は注意してご覧になっていますか?


よく他所のブログを見ているんですが、
タイトルは日付のみというのが結構多くいます。

内容は素晴らしいのにタイトルは手抜きみたいなところもあって、
「タイトルも考えてくれたら、文章がもっと光るのに・・・」と考えたことも幾度かありました。


誤解されると思いますが、決して批判するわけではありません。
実際僕が下手なので他人に言う資格もありませんしね。(´∀`∩)マイッタマイッタ


ただそういう注目されない地味なものでも、上手い下手関係なく自身の手で考えてあげれば
注目されているものはもちろんそれ自体も光輝くでしょう。


「文章を書く」というのは、本当におもしろいものです。
ひとりひとりが持ち合わせている感性の違いで、
多種多様な文が創造されるのですから。

・・・僕は下手の横好きですから、腕を磨いて皆さんにお見せできるような
文章を書くことを目標に頑張ります。( ´∀`)ガンバルゾー


話がそれてしまいましたね。
とりあえず漠然と言うと、「本文だけじゃなくタイトルにも注目してやって下さいな」ということを伝えたかったのですよ(汗



今日のお題は、 七瀬五郎さんから「こんな女の子がタイプで、こんな女の子はだめだ」
というテーマで書いてくれとリクエストされたので、
それでいってみようと思います。














モキモキ














−異性のタイプ−

こういうことって誰でも一回は考えることはありますよね。
むしろ考えるという行動以前に無意識のうちに確立されているのが普通だと思います。
でもそれはまだ荒削りなものに過ぎず、意識的に考えることによって、
より明確なものへとなるのです。


当然のことですが、人によってタイプは違いますよね。
そのおかげで地球上の男女が特定の男女を好きになるということがないのですから。

かといって、全員のタイプが全くバラバラに分かれることもありません。
個人間で多少の差異があっても好きな人が同じということは、よく聞く話です。






これは何故か?


実は、自身のタイプを確立する要素のひとつに「環境的要因」が含まれているからなのです。















ここから少し難しくなります。どうか最後まで見てやって下さいね^^;















一般的な印象として、昔から日本人は "流行に敏感=弱い" という見方がされています。
"流行"...という現象は、一つのあるスタイルに対して、まず一部の人が好意的に認知して、それを見た別の人たちがさらに(拡大解釈しつつ) そのスタイルを模倣するかたちで認知して、またさらに別の....といった具合に
またたくまに(イモズル式のように) そのスタイルが拡大して、一つの現象(ブーム)として定着していく...ということでしょう。

歴史的にみても昔から、実に様々な流行(ブーム)が生まれ、それらはその時々の世相も反映していて興味深いものです。


....いずれにしても言えることは、"流行"とは<一般大衆>についての現象であり、<数の論理>...というか、より多くの人間が動いてこそ成立する現象といえます。
まぁ、あたりまえのことを言っているだけではあるんですが、ここで、もう少し絞り込んでその現象をみてみたいと思います。
ここで"流行"からもう少し解釈を広げて、"集団心理"という意味あいで、
今、世間で人がこぞって集まる状態を気が付くだけ拾って見ると、
人気の回転寿司に並ぶ行列大手スーパーで休日の半分をつぶしてまでも並ぶ駐車待ちの車の列マスコミで評判の映画のブームで集まる人の群れ人気ブランドのバーゲンセールetc....

それらの人が集まる現象は、もちろんそれ自体の人気、ということもありますが、
一方で、大衆心理として『多くの人が人がすることをあえて人はしたくなる』という心理も働いているのだと思います。
欲望をくすぐる資本主義社会ですから、マスコミュニケーションはありとあらゆる情報を利用して、(...つまりそれは作為的にでも大衆の動く"流行"を作り出してまでも) さきほど言った"大衆心理"を操作しにかかります。


ここまで産業が肥大してマスメディアが圧倒的な支配力を持って大衆の隅々まで染み込んでいく今の世の中ですから、その大衆のほとんどが、
実に安易に"長いモノに巻かれて" しまっていると言えるでしょう。
その"甘くてオイシイ"下心は手を変え、品を変え、
何でもまわりに取りそろえてくれるが為に、大衆はその便利で楽な快楽につい甘んじて、
どんどん自分からは動かなく(探さなく) なっていきます。

"自分で何かを探していく"という行為自体がおっくうなのです。
一般に人は、自分にとって常に楽な方に動く生き物ですから。
そして、そういった心理も手伝って、
最初の頃に述べた『皆がやっているから(流行っているから) 』という理由で、
自分の内面や思考を最初から放棄して、まず回りの動きをを見て、
それに自分を模倣させることでとりあえず"これが私のスタイル"という風に自分を位置付けることで「これで回りからは取り残されない...」という、
"自分の外側にあるイメージ"に合わせていくことで(=イメージの共有) 安心感を得るという、大衆の心理が(産業の肥大と共に)肥大していくのだと思います。
逆を言えば、とにかく"長いモノに巻かれていない" と不安なくらいにこの社会が大きくなりすぎて、何かとてつもなく巨大な目に見えないモノに支配されている圧迫感や恐怖があるのだと言えます。

とにかくとてつもなく大きな世の中流れがあって、その中での一個人はなんの力もない弱い存在で、そのあげく、その巨大な流れに(時に疑問を持ちつつも)
ひとりだけふと、立ち止まることにも不安があり、( 楽でもあるし)
回りの流行、ブームに便乗しておくことで、満足と( 実体のない)
連帯感を確かめ合うといった、まさに『無責任な大衆のパワー』というものが、
皮肉にもこの世の中を ( 質の問題こそあれ) 活性化して回している関係にあるのでしょう。














すこし蛇足もありますが、
要は「流行に流されて、同じ格好・考えをしている人が増え、
それがタイプの人も同様に増えているので、同じ人を好きになってしまうことがある」
ということです。


これにあてはまらない(=流行を気にしない)人でも、
それをタイプとする人が必ずいますが、
社会では、流行に乗っている人が基準とされているのが現状です。


しかし個人的見解ですが、ブームに踊らされず我を貫き通す人は人間としてとても強いものを持っていると思います。

いつかはわかりませんが、そんな方々が社会で再評価される時代が来ることを願っています。














     ___
    /     \     ________
   /   ∧ ∧ \  /
  |     ・ ・   | < 早く女のタイプ書けよ
  |     )●(  |  \________
  \     ー   ノ
    \____/















覚えていましたか。
さすが某ヒーロー。あんこまみれの頭は伊達じゃないってことですね・・・









そうですね・・・
一言で言えば、「文学少女」・・・かな?


細かく書くと、
外見・いかにも委員長っていう真面目そうな子が好きです
※身長はどちらかというと低いほうかな?150〜160くらいがストライクです。
髪型・ポニーテールとか良いですね。髪を何かではさんだり結ってるのとか好きです。
※メガネかけてる子も結構好みです。知的な感じがするので。
性格・控えめな子が良いです。ホンワカなムードが落ち着きます(´∀` )
ちなみに年齢は気にしないですね。ありがちですが愛に年齢は関係ありません。














一部のところだけ見たら、なんか危ない奴みたいだな・・・














次に、「こんな女の子はだめだ」ってやつですね。
こちらは箇条書きにしてまとめてみましょう。
・社会的常識が無い(学歴とは違います)
・合コンとかで、会計のときに男が払うのが当たり前と思っている人
・相手の痛みが分からない人
・勝気な人(苦手なだけで否定しない)

今はあまり浮かんできませんが、まだいくつかあると思います。
ですが公の場で書くのは結構恥ずかしいので、こんなところで勘弁して下さい・・・^−^;


では、引き続き書いて欲しいテーマなどをお待ちしています。
リクエストがある方は、どうぞコメント欄にお書き下さい。


それでは、今日はこのへんでノシ


















































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2006年02月17日

世の中には想像する天才があるように、探す天才もあり、書く天才があるように、読む天才もある。

どうもこんばんは。
先日、学校をサボって呼び出しをくらったマンガの神様です。

まぁ、祖父の○回忌で行けなかったと言ったので大丈夫でしょう。・∀・ニヤリ

















モキモキ















昨日の5時にバイトへ行って来ました。
シフトを見る限り、これから週三17:00〜22:00の時間帯でやっていくことになりそうです。

一日も早く仕事に慣れたいものですね。


申し訳ないのですが、朝9時から学校へ行かなければならないので
今日のところは勘弁して下さい・・・



では、またノシ
posted by 漫画の神様 at 02:51| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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